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京都地方裁判所 昭和23年(行)10号 判決 1949年11月16日

原告

松村定一

被告

宇治町議会

主文

被告が昭和二十三年四月二十三日原告に対してなした被告議会に一箇年間出席停止を命ずる旨の懲罰議決は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求め、其の請求の原因として、原告は被告議会の議員であるが、被告議会は昭和二十三年四月二十三日、原告が同年三月二十九日附を以て宇治町長罷免に関する申請書を京都府知事宛提出し、又新聞社に右申請書と同内容の記事材料を提供したのは議会を騷がし議会の体面を汚したものであるとして、地方自治法第百三十四條、宇治町議会会議規則(昭和二十三年四月八日規則第一号)第百四十三條、第百四十條により、原告に対し同議会に一箇年間出席停止を命ずる旨の懲罰の議決をした、然し右議決は次の理由により違法である。

(1)  まず第一に、原告は右議決に云うように議会を騷がし又は議会の体面を汚す行爲をしたことはない、即ち被告がこれに該るものとして挙げているのは、原告が宇治町長罷免に関する申請書を京都府知事宛提出したと云うことと、右申請書と同内容の記事材料を新聞社に提供したと云うこととであるが、このうち記事材料提供については原告に全く覚えのないことであるし、又申請書を提出したことは事実であるがその内容は公人に対する政治批判以上に亘るものではなく、議員を侮辱するような言辞は毫も含まれていないのであるから、これにより議会を騷がし議会の体面を汚したとなすのは当らない、のみならず

(イ)  右申請書は原告が一町民の資格に於て個人として提出したものである、而して又

(ロ)  右提出は議会内のことでも委員会におけることでもない前記会議規則第百四十三條に所謂議会を騷がし又は議会の体面を汚す行爲とは、議会又は委員会内に於ける行爲を意味するものと解すべきこと明らかであるから、議会外の行爲たる原告の前記所爲に対し右規定を適用することは許されない、又

(ハ)  凡そ何人も公務員の罷免その他の事項に関し平穩に請願する権利を有し、何人もかかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けないことは憲法第一六條の明定するところであつて、原告はその請願権に基いて右申請書を提出したにすぎないのであるから、これを理由に懲罰を科すことは違法であると云わねばならない、

(2)  仮に原告が前記書面を知事宛提出したことが議会を騷がし議会の体面を汚したことになるとしても、原告は昭和二十三年三月二十九日該書面を宇治地方事務所に提出し京都府知事に進逹方依賴したのであり、これが同知事に進逹されたのは同年四月一日のことである、又被告が本件懲罰議決に於て新聞記事と云つているのは同年四月七日附洛南タイムスの掲載記事のことであつて、原告は前記の如く同新聞に記事材料を提供したことはないが、仮に同新聞が原告の言動より記事材料を取つたものであるとしても、それは同新聞に右記事の掲載された同年四月七日以前のことなるは論を俟たぬ、然るに被告が本件懲罰議決に於て原告の右行爲に対し適用した前記会議規則は同年四月八日制定同月十六日より施行されたものであつて、右行爲の当時には効力を有しなかつたものであるにも拘らず、被告が該規則の発効前に爲した原告の前記行爲に対し之を適用したのは違法なるを免れぬ、

(3)  仮に原告の右行爲に前記会議規則を適用することが許されるとしても、同規則第百三十五條第三項によれば懲罰の動議は各議員に於て懲罰事犯のあつた翌日までに之を提出すること、又同條第一項によれば懲罰の動議は議員二名以上の賛成を得てこれを提出すべきこととなつているが、本件懲罰の動議が議会に提出されたのは昭和二十三年四月十六日であつて、該動議が懲罰事犯なりとなす原告の前記所爲のあつた翌日以後のことなるは明らかであるばかりでなく、右動議は議員平田佐吉が單独で他の議員の賛成を得ることなく提出したものであるから、その手続に瑕疵ありと云わざるを得ぬ、加之、凡そ議決は動議として提出された事項の範囲内に於てのみなさるべきものなるところ、本件懲罰動議には原告が新聞社に記事材料を提供したという事項は含まれていないに拘らず、かかる動議に含まれない事項についてまで議決が行われたものであるからこの点よりするも本議決は違法である、

以上いずれの点よりするも本議決は違法であるから、これが取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である、と述べ

原告が、被告の主張するように、昭和二十三年四月二十日懲罰特別委員会より前記申請書を撤回すべき旨の催告を受けたことは爭わないが、原告としては右申請書を取下げる意思がなかつたので、これに対し回答しなかつたまでであり、このことは本件懲罰とは何の関係もない、又原告は被告議会の本会議上において原告從來の行爲を取消すべき旨促されたことはないから、「原告が本会議上で原告從來の行爲を取消すことなく、依然之を維持する意思を表明したが故にその行爲が懲罰事項に該当する」という被告の主張も当らない、と陳述し

被告の抗弁に対し、

原告が被告の主張するような内容の昭和二十三年九月十四日附印刷物を百枚程作成したことは事実であるが、これを実際に作成したのは同月二十日頃のことであり、又その内三、四十枚求めにより交付したことはあるが、一般に頒布したことはない。なお被告の主張するような内容の貼紙を宇治町内の二箇所に張り出したことは認める、

然しこれらの点より本件議決を取消すことが公共の福祉に適合しないという被告の主張は否認すると述べ、

立証として甲第一乃至第十三号証、第十四号証の一、二、第十五乃至第二十五号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中、原告が被告議会の議員であること、被告が原告に対し原告主張の如き趣旨の懲罰議決をしたことは孰れも認めるが、右議決には原告の主張するような違法の点はない、即ち、

(1)  原告は昭和二十三年三月二十九日宇治町長罷免に関する申請書と題する書面を宇治地方事務所を経て京都府知事宛提出し、その書中において事実を歪曲した言辞を構え、宇治町会議員が無智無能なりと評し、又洛南タイムス新聞社に対し同趣旨の記事を掲載させる材料を提供したばかりでなく、同紙上に「宇治町の町長や議員はなつていない」等の談話を発表し、あたかも被議会が鳥合の衆であつて、その議するところはすべて不法不当のものであるかの感を一般町民に與えたものであつて、これ正に被告議会を騒がしその体面を汚したものと云わざるを得ぬ、

(イ)  原告は右申請書を一町民の資格に於て個人として提出したものであると主張するけれども、該申請書の終りには「尚私は宇治町会議員であることを申添えます」と附言し、又その封皮にも宇治町会議員という肩書を冠しているのであつて、これらの点に懲しても原告が右申請書を一町民の資格においてでなく宇治町会議員として提出せることは明らかである、

(ロ)  次に原告の申請書提出とか記事材料提供とかの行爲が議会外に於けるものであることは間違いないが、地方議会の紀律維持の必要から認められたものであつて、議会の紀律維持の必要は單に議会内におけるそれのみでなく、当該議会が構成員の紀律保持のため必要と認めるかぎり、その議会外における行動にも及ぶべきことは勿論であるから、宇治町議会会議規則第百四十三條は單に本会議又は委員会における行爲のみならす議員の議会外に於ける行動にも適用ありと解すべきであり、從つて原告の右行爲が議会外の行爲であるという理由だけでは本件懲罰議決を違法ならしむるものではない、のみならす、後記の通り、被告議会は原告に対してくりかえし原告の右行爲につき取消を爲す機会を與えたに拘わらず、原告は之を取消さないばかりか懲罰委員会に於ても本会議に於ても自己の從前の行爲を維持する旨陳述したのであり、右陳述自体は議会内における行爲であり之をも懲罰の事犯としたものであつて、之が議会を騷がし議会の体面を汚すものなるは明らかであるから、この点よりするも原告の主張は理由がない、

(ハ)  更に原告は請願する権利が憲法上日本國民に與えられた権利であつて、原告はこれを行使したにすぎないと主張するけれども、原告の右申請書の提出は請願法の定める手続によつたものでないから、原告の右主張も当らない、

(2)  原告が前記申請書を宇治地方事務所に提出し京都府知事に進逹方依賴したのが昭和二十三年三月二十九日であり、之が同知事に進逹されたのが同年四月一日であること、被告が本件懲罰議決に於て新聞記事と云つているのが同年四月七日附洛南タイムスの掲載記事であること、前記会議規則が同年四月十六日より施行されたものであることは孰れも之を認める然しながら、被告議会の懲罰特別委員会は同年四月二十日原告に対し前記行爲につき取消を爲すべき旨を催告したにも拘らず、原告はこれに対し何等の回答をも爲さず之を維持すべき旨主張し、又同月二十三日開催の本会議上に於ても右につき取消を求められたところ、原告は敢て原告從前の行爲を取消すことなく依然これを維持すべき意思を表明した、而して前記の如く右申請書中には宇治町会議員が無智無能なりとの趣旨の言辞があり、又原告は同趣旨の記事材料を新聞社に提供したほか、特に新聞紙上に「宇治町の町長や議員はなつていない」等の談話を発表するなど、議会を侮辱する言動があつたのであつて、委員会及び本会議に於てこれが取消を求められたに拘らず敢て之を取消すことなく、かえつて之を維持する趣旨を述べたことは、即ち議会を騷がし議会の体面を汚したのに外ならないものであつて、之等の行爲をも懲罰事犯としたのであり、原告の右陳述は明らかに前記会議規則施行後のことであるから、之に同規則を適用することは何等違法となるべき筋合のものでない、

(3)  次に原告は本件懲罰の動議そのものに瑕疵がある旨主張し、前記会議規則第百三十五條に原告の主張する如き規定のあることは認めるが、本件懲罰は動議として提出されたものでなく、議案として提出されたものであり、右規定は懲罰の件が動議として提出された場合にのみ関するものであつて、議案として提出された場合には適用なきものであること文理上明らかであるから、提出が懲罰事犯のあつた翌日以後に於てなされ又その提出に議員二名以上の賛成がなかつたとしても、議案としての提出手続に瑕疵なき以上、違法となるものではない、のみならず仮に本件が懲罰の動議として提出されたものであるとしても、会議規則第百四十三條は前記の如く本会議又は委員会における行爲ばかりでなく議員の議会外に於ける行動にも適用ありと解すべきであるから、会議規則第百三十五條第三項は性質上議員の議会外に於ける行爲の場合には適用なきものと解すべきであり、仮に然らずとするも、原告は前記の如く自己の過去に於ける行動を依然維持し取消の意思なき旨同年四月二十三日の本会議上に於ても表明せるものであるから、原告の懲罰事犯該当の行爲はこの間継続せるものであつて、懲罰の動議の時期は会議規則第百三十五條第三項の要件にも欠くるところなきものである。

なお動議乃至議案として提出されない事項について議決がなされたと云う原告の主張事実は之を否認する、即ち原告が記事材料を新聞社に提供したと云う事項は議案の提案理由書中には記載されていないけれども、本会議上における提案理由の説明に当つては右事項も含ませていたのであるから、該事項も懲罰議案として提出されているものと云うべきである、

以上の如く本議決には一として違法の点は存しないが、仮に被告の以上の主張にして理由がなく、本議決に違法の点があるとしても、之を取消すことは次に事情により公共の福祉に適合しないと解せられるから、行政事件訴訟特例法第十一條第一項により原告の請求は棄却さるべきである、

(1)  原告の本件懲罰事犯が一度び町民の知るところとなるや、事の眞相を知つている町民の間には原告が徒らに事を構えて町大衆を惑わし町政の運営を阻害するものであつて許すことができないという声が高まり、遂に之が町議会に反映するに至り本件懲罰の結果を見ることとなつたのである。從つてもし本件懲罰が違法のものとして取消されるようなことになれば、町民の原告に対する非難は再び昂まり、ひいては町議会に対する信賴感が地に墜ちるに至るべきことは火を観るよりも明らかである。

(2)  更に原告は本件懲罰後に於ても謹愼の色なく、不遜にも「宇治町の皆さんへ」と題する昭和二十三年九月十四日附印刷物(乙第七号証)を作成して之を町内に頒布又は貼付し、その中で「……私は去る四月二十三日宇治町会より出席停止の懲罰処分を受けたものであります、しかし私は之を不服として裁判所に提訴致して居りました処、今回勝訴の判決を頂戴致しました」等と虚僞の事実を記載し、又別に同年十一月十日附貼紙(乙第八号証に写されているもの)を町内各所に掲載し、その中でも「今回裁判所によつて私の主張通り勝訴の判決が下されました」等と無根の事実を記載する等虚構の事実を喧傳し、以て本件の結果に重大関心を有する町民に誤つた判断を與えるようなことを敢てするに至つている、

(3)  右のごとき事情は別としても自治体議会の議決が取消され、又は変更されるということは重大な事柄であつて、瑣末の理由によつてなさるべきでないことは云うまでもない、蓋し多数決主義の原則は民主政治に根本的なものであつて、これが容易に他律的に左右されるとしたならば、由々しきことと云わねばならぬからである、之を本件についてみるに、原告懲罰の議決は議員の殆んど全員に近い多数の賛成によつてなされたことが窺われるのであつて、こうした事情に鑑みるときは、その議決の手続に多少の瑕疵ありとするも之を取消し又は変更さるべきでないと云わねばならない、

以上の理由により原告の請求棄却の判決を求める、と述べ

立証として、乙第一乃至第八号証を提出し、甲第一乃至第十三号証、第十四号証の一、二、第十六乃至第二十五号証の成立を認め、甲第十六号証を利益に援用し、甲第十五号証は不知と述べた。

理由

原告が被告議会の議員であること、被告議会が昭和二十三年四月二十三日、地方自治法第百三十四條、宇治町会会議規則(昭和二十三年四月八日規則第一号)第百四十三條、第百四十條により、原告に対し同議会に一箇年間出席停止を命ずる旨の懲罰の議決をしたこと、は当事者間に爭がない。而して原告は、原告が昭和二十三年三月二十九日附を以て宇治町長罷免に関する申請書を京都府知事宛提出し、又右申請書と同内容の記事材料を新聞社に提供した行爲が議会を騷がし議会の体面を汚したものであるとして右懲罰の議決が爲されたものであると主張し、被告は右原告の行爲の外被告議会の懲罰特別委員会が昭和二十三年四月二十日原告に対し前記申請書を撤回すべき旨催告したにも拘らず、原告は之に対し何等の回答も爲さず之を維持すべき旨主張し、又同月二十三日の本会議上に於て右申請書乃至新聞記事の内容につき取消を求められたに拘らず、敢て之を取消すことなく依然維持する趣旨を述べた行爲をも事犯として右懲罰の議決が爲されたもので、懲罰事犯該当行爲は前の行爲から後の行爲に到るまで継続せるものなりと主張するから、先ず此点につき按ずるに、成立に爭のない甲第五(懲罰の議案)、第六(同提案理由書)、第一〇(懲罰特別委員会長報告書)号証、乙第四(懲罰特別委員会会議録)、第五(宇治町議会会議録)号証を綜合すれば、本來本件懲罰議案は昭和二十三年四月十六日議員平田佐吉より、原告が同年三月二十九日附を以て京都府知事に提出した宇治町長罷免に関する申請書中に被告議会の議員を侮辱する言辞ありとし、それが宇治町議会会議規則第百四十三條に該当するものとして被告議会に提出されたものであるが、同議案は即日懲罰特別委員会に付議されて審議された結果、同月二十二日同委員会は「昭和二十三年三月二十九日附を以て町長罷免に関する申請書を京都府知事に提出し又新聞社に記事を提供した議員松村定一君の行爲は本町政を攪乱し議会を騷がし議会の体面を汚したものと認め、同君に対し地方自治法第百三十四條の規定に基き宇治町議会規則第百四十三條の規定により一箇年間の出席停止を命ずべきものとする」旨議決し、同月二十三日の本会議に於て同特別委員会長須知喜一郞より右の旨報告し、討論採決の結果多数を以て右委員会長の報告通り可決したものであることを認めることができる。然らば本件懲罰の対象とされた行爲はあくまでも原告が前記申請書を京都府知事宛提出し、又記事材料を新聞社に提供したとの行爲であつて、懲罰特別委員会や本会議に於て右行爲を取消さず維持する旨述べた行爲は含まれていないと云わざるを得ない。もつとも成立に爭のない乙第四、第五号証によれば、右懲罰特別委員会に於ても本会議に於ても、原告が前記申請書を撤回する意思を有せず、その主張を維持する旨主張せる点が特に問題とされているけれども、これらの論議は仔細に観察するときは、寧ろ原告に対し懲罰を科するについての科罰上の情状として考慮されているものと見るべきであつて、科罰対象そのものとしての論議とは解せられないので、これによつて本件懲罰が原告の前記申請書提出ないしいわゆる記事材料提供という行爲に限られたものなりとなす前段の判断を覆すことはできない。

そこで右議決について違法な点があるか否かについて考えてみるのに、まず右懲罰議決において問擬されている原告の所爲のうち、原告が前記申請書を宇治地方事務所に提出し京都府知事に進逹方依賴したのは昭和二十三年三月二十九日のことであり、之が同知事に進逹されたのは同年四月一日のことであること、該議決に於て新聞記事と云われているのが同年四月七日附洛南タイムスの掲載記事であること、同議決に於て適用されている前記宇治町議会会議規則が同年四月十六日より施行されたものであることは、孰れも当事者間に爭のないところであるから、結局本件懲罰議決は右会議規則の施行前にさなれた行爲に対し該規則を適用したものと云うことになる。然も一方成立に爭のない甲第二十五号によれば、右会議規則施行前に施行されていた被告議会の会議規則(以下旧規則と略称)には前記会議規則第百四十三條乃至その前提たる同規則第百二十五條に該るような規定は全く存しないことは認め得るのであり、從つて旧規則施行当時には議会を騷がし又は議会の体面を汚す行爲に対して懲罰を科せられることはなかつたのであるが、近時に於ける議会の地位に鑑みその品位を特に重んずる要ありとして、改正規則(同年四月十六日より施行の前記会議規則)はまずその第百二十五條に於て「すべて議員は議会の品位を重んじなければならぬ」と規定し、これを承けて第百四十三條に「議会を騷がし又は議会の体面を汚しその情状が特に重い者に対しては出席を停止し又は除名することができる」と規定するに至つたものと云い得るのである。而して、凡そ何人も実行の時に適法であつた行爲について刑事上の責任を問われないという所謂遡及処罰禁止の原則は、日本國憲法第三十九條の明示するところであり、この趣旨は処罰に関する立法的作用の恣意に対し個人の自由を保障しようと云うにあるのであるから、その精神は懲罰乃至懲戒にも廣く適用あるものと解するを相当とする、蓋し懲罰乃至懲戒と刑罰とはその性質に於て区別さるべきものあるも固より論を俟たないけれども、両者等しく個人の重大なる法益の剥奪である点については逕庭なく、從つて之が科罰に関する立法的作用の恣意に対し個人の自由を保障する心要のある点に至つては、両者異別に解すべき理由を認め得ぬからである。されば懲罰の範囲態様を定めたる法令規則は、一般に遡及効を有せざるものと解すべきであり、

從つて原告の前記所爲が前記改正規則第百四十三條、第百四十條の発効前になされたものなるに拘らず、これに該規定を適用して原告を懲罰処分に附した本件議決は、既にこの点に於て違法のものと云わざるを得ないのである。

そこで次に被告の抗弁につき考えてみる。

(1)  被告はまず本件議決が取消されることにより町民の町議会に対する信賴感が失墜せしめられるに至ると主張する。然しながら凡そ議会の運営は常に法規に準拠して適正に行わるべきものであるから、もしその運営に違法の点があれば、強いてこれを固執することなく取消した上、改めて適正な処置をとることにより、かえつて眞に町民の信賴感をかち得ることができるものと云わねばならない。

(2)  又被告の主張するように、原告が、本件本案の裁判は勿論仮処分の決定さえ未だ言渡されていなかつた昭和二十三年九月十四日附を以て、あたかも本件処罰議決取消の訴訟に原告勝訴の判決が下されたかの如き趣旨の印刷物を作成頒布し又同年十一月十日附被告主張のような貼紙を町内各所に掲載したとすれば、寔に不謹愼たるの誹は免れないけれども、これあるにより直ちに本件懲罰議決を取消すことが公共の福祉に反することとなるものとは到底解することができない。

(3)  更に被告は自治体議会の議決が取消されるということは重大な事柄であるから、瑣末の理由によつてなさるべきでないと主張するけれども、本件懲罰議決の違法性は單に議案の提出手続乃至議決の手続に瑕疵ありというが如き形式的、手続的な点に存するものではなくして、適用すべからざる規則を適用して懲罰を科したという実体的本質的な点にあるのであるから、これを以て瑣末の理由なりとなすは当らない、況んや被告の主張する多数決主義の原則下に於ても、たとえ多数の賛成を得たからとて、それ自体違法な議決の許さるべくもないことは論を俟たないし、又全員に近い多数の賛成を得てなされた議決であるというだけで直ちに、それが違法なるにも拘らず、これを取消すことが公共の福祉に反するということも、理解しがたいところであると云わざるを得ぬ。

その他本件議決を取消すことが公共の福祉に反するという根拠は遂にこれを見出だすことを得ないから、被告の抗弁は採用に由なきものである。

されば被告議会の本件懲罰議決の取消を求める原告の本訴請求は、爾余の爭点につき判断をなすまでもなく正当として之を認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。

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